ガラス作家・小澄正雄さんのこと

 小澄正雄さんは、骨董品のような雰囲気のガラス器でいま注目の若手作家。その作品は、しのぎ、輪花、入隅の四角形など、焼物に見るかたちをしている。しのぎのあるガラスのコップや輪花皿、四方皿は、もともと江戸時代に作られたもの。彼は、そのガラス器の繊細なのに力強いかたちと、素朴な素材感にひかれて、自分の仕事の手本にするようになったという。

 ガラスアートが盛んな富山の研究所で学び、卒業後は、おもにイタリア由来のヴェネチアングラスを手がけていた。それは、鮮やかな色使いで複雑な模様を施すつくり手のテクニックの高さが、評価の対象となる工芸。とにかく技術を高めることを目指していたそうだ。ところが10年ほど続けても、ヴェネチアンテクニックと日本の工芸の間に、納得のいく接点が見出せない。思い悩んだ時に、頭に浮かんだのは、好きだった唐津の焼物だった。佐賀県の唐津焼は、桃山〜江戸時代に栄えたが、その後、衰退。大正時代に復興するまで空白の時代が続いた。小澄さんが興味をひかれたのは、途絶える前の古唐津も含めた焼き物。そこには言葉ではいい表せない、なんともいえない素朴さがあって、とても美しいと思ったという。

「技術が高いことと、美しいこととは、別のことなのだと気がつきました。その瞬間、もう元には戻れないと思いましたね」

テクニックを突き詰めてきた自分には、もう戻れない。だけど、ガラスを続けながら、唐津焼に感じるような美しい世界に近づいてみたい。そう考えたという。

江戸ガラスが生まれた時代の背景を、作品に写し取る。

古唐津を勉強するうちに、同時期に作られていた和ガラスの存在を知る。江戸時代にガラスはまだまだ希少な存在。殿様への献上品としてつくられたものであった。

「当時は、技術も材料も乏しい。それでも、できるだけ美しいものを献上したいと、職人たちは輪花など縁起のいい装飾を選び、そのかたちをガラスで実現するために知恵を絞った。その精神を知りたいと思いました」

テクニックを追求するのではなく、心の衝動にしたがって、身近に手に入るものでつくる工芸。小澄さんは、当時の職人のつくりかたを再現しその境地に近づくべく、ヴェネチアングラスで磨きをかけた宙吹きを封印して、型吹きを取り入れた。

型吹きとは、ガラスを凹凸のある金属の型で成形する技法。鉄の棒(竿)に巻きつけた熱々のガラスを、数回に分けて吹いては、膨らませ、最後は鉄製の型に合わせて、ひと吹き。その瞬間に型がはずれ、しのぎなどの模様や凹凸のあるかたちのガラスが出来あがるというものだ。

小澄さんは、使う素材もとてもシンプル。アルカリケイ酸塩ガラスという、ごく一般的なガラスの原料を取り寄せ、精製しないまま、不純物の多い状態で使っている。作品が、すこし緑がかったレトロな雰囲気を持つのは、そのためだ。道具もガラス工芸専用のものはほんのわずかで、手の込んでいないものを使うことが多い。ホームセンターで見つけた金属の棒や、隣の家で剪定した捨てられるような柿の木の枝で整えたほうが、自然なかたちに出来上がるという。

吹いたうつわの仕上げは、ガラスが冷めてからの作業。型からはみ出した部分のガラスをナイフで切り離し、入念にやすりをかけて完成する。硬いガラスをカットするため、割れが生じやすいのが難点。100個ほど吹いても製品になるのは、20個程度だ。

「かつての職人も同じように成功率の低さに悩んだはずです。効率よりも、何を届けたいかが大事。彼らのように想いを大切につくることで、喜んでもらえるものができたらいいと思っています」

手をかけたものを手元に置きたいという趣向は、昔から変わらない。高校生の頃から少しづつ集めてきたアメリカンヴィンテージの椅子や棚、アイアンの作業台、大きな扇風機、古いラジカセなどが作業場に並んでいる。便利なものより、由来に心動かされるものをそばに置きたいのだという。

2年前に富山から岐阜に移住して手に入れた工房は、インダストリアルな雰囲気の広大な倉庫。その中で窯が占める床面積は、それほど大きくない。残りのスペースに、デスク、本棚、テーブルをおき、書斎、書庫、リビングのように構成されている。端っこの一角には、金型の溶接工房も設ける凝りようだ。デスクやテーブルは、金属の脚を溶接し、天板を載せた自作。入り口では、1978年製の愛車、日産グロリアが迎える。

好きなものを集めたアジトのような工房で、自分が本当にやりたいものを見つめ直したからこそ、作家としての活動が動き出した。古いものにならい、人の心を動かすものをつくっていく。その想いはかたい。(初出「Casa BRUTUS」 July,2018)