陶芸家・大谷哲也さんのこと

 

極限まで要素をそぎ落とした、
ラインの美陶芸家の大谷哲也さんは、歴史ある陶器の町、
信楽に暮らしながら、あえて磁器を選び、
2018年のいま表現すべきうつわの美を追求する。ミニマムなデザインの白いうつわのシリーズで知られる大谷哲也さん。コーヒードリッパーや直火で土鍋のように使える平鍋は、洗練されたフォルムで人気を集め、行列必至。なかなか手に入りにくい。そんなうつわを生み出すために、大谷さんは、毎回多くの時間を割き「何のためにどう使ううつわなのか」というコンセプトを徹底的に突き詰めるという。デザイナーのごとくスケッチを繰り返し、緻密に割り出すフォルムは、おもに洋食器のかたちだが、使ってみると、驚くほどいろいろな種類の料理を受け、レストランのシェフからの支持も熱い。「美しいラインを探る過程では、盛り付ける献立の要素さえも取り払います。すると中性的な線にたどり着き、和、洋、何を入れても成立するものになるんです」と大谷さん。焼物は成形した土に釉薬をのせ焼くという足し算の工芸だが、大谷さんは、成形した土から、あえてできるかぎりの要素をそぎ落とし、必要最低限のラインだけを残していくという。仕上げの削りにいたるまで「線が勝負」だ。「口径と高台の関係性でうつわのかたちは決まります。自分らしさを出すならば、このふたつを結ぶ線をどうつなぐかに尽きる。こうあるべきという一本のライン、そのヒントは、僕の場合、すべて日々の生活の中にありますね」大谷作品の「線」の由来に迫るなら、工房の隣の自宅に場所を移すのがよいようだ。仕事と暮らしが隣りあう大谷さんの家は、中世から続く日本六古窯のひとつでもある滋賀県甲賀郡信楽町にある。家族や友人が集う食卓から、
ミニマムな線を導き出す。小高い山のふもとに、二階建ての住居と平屋の工房が、ギャラリースペースをはさんでつながる建物。大谷さんは、妻で同じく陶芸家の桃子さんと、小学生から高校生まで3人の娘とともに暮らしている。お互いに食べることも料理することも好きな夫婦が「コンセプトはキッチンスタジアム」と信頼のできる地元の大工にお願いをして、理想をかなえた自慢の家だ。最近、庭木を整え、2面にわたって大きく窓をとったリビングでくつろぎながら、あるいは、キッチンで調理をしながら、四季折々の木々の移ろいもあじわえる。工房で朝からそれぞれの仕事に没頭する大谷さんと桃子さんは、お昼が近づくと、どちらからともなく席を立って昼食の準備に取りかかる。この日も、取材班をもてなすべく、ふたり仲良くキッチンに立ってくれた。キッチンカウンターには、大谷さんが朝のうちに焼いた自家製の天然酵母パンと、ハスの葉の絵をあしらった桃子さんの大鉢いっぱいのクスクスのサラダ。使い込まれた平鍋で温めたかぼちゃのスープは、キッチンから食卓の真ん中に移動。真っ白なボウルのなめらかなラインにそって美しく盛りつけられ、昼食の準備が整った。取り皿にしたリムプレートも、スープのボウルも、家族でよく使うものだが、お客を迎える食卓ではおもてなしの食器になるなど応用がきく。ここで生まれたかたちは、ほかのだれかの食卓でも重宝されるに違いない。それは、柔らかな白についても同様で、多くの人が好むであろう経年変化したテーブルやウッドボード、土ものの陶器と意外なほど調和していることに驚いた。うつわには有田の磁器土、平鍋にはジンバブエから耐熱の土を取り寄せて用い、スムースでマットな手触りは、透明釉を使用しつつ、焼成後の冷却をゆっくりおこな結晶を生じさせることで実現するなど、大谷さんが表現したい焼物は、明確だ。「百年後に暮らす人が、この時代の焼物を称して『平成様式』と呼んで欲しい。そう思うほど、いまの時代を生きる僕だからできる表現を探り、それを日々更新していきたいと思っているんです」自分の仕事は、どこの地域の土でも取り寄せることができ、新しい材料や技術、情報がいつでも手に入る現代の陶芸。だからこそ焼物の歴史との接点を意識しながら「大谷哲也の仕事として群として」見てほしいと大谷さんはよく話す。作品の中には、作らなくなったものもあるが、その分、必要とされるものが淘汰されて残っている実感がある。後世に残るものを作りたいという気持ちは強い。最近は、これまでの直線的な作風とは異なり、たおやかな曲線をたたえた花器にも取り組んでいる。線を追求してきた作家が、図面ではなく手の動きにしたがい生み出す曲線は、シンプルで美しい。「かぼちゃのスープに使った曲線的なスープボウルは、独立してすぐの頃に生まれたかたち。うつわのラインを追求したいと理想に燃えていた頃を思い出しますね」独立して11年目。これまでの10年で確立したミニマムな世界観をベースに、ここから新たな大谷哲也を更新し未来に残る焼物を追求しようと、意欲を新たに取り組む。 

(写真キャプション)
−大谷さんが理想とするミニマムなラインは、独立して10年間、ろくろをひき続けることでより軽快で洗練されたものになってきた。素焼きのあとの削りも、そぎ落としたフォルムの実現に欠かせない。
−白い磁器というと冷たくて硬い印象があるが、大谷さんのそれは、ぬくもりのある陶器やウッドボウルとも合う柔らかさだ。
−いいうつわは美味しい食卓から生まれると信じる大谷夫妻。できるだけ一緒にキッチンに立つ。
−「信楽いち上手」と仲間の間でも評判の大谷さんのオムレツは桃子さんの楕円皿に。
−食卓には愛猫も顔を出す。
−プロダクトのように精密なうつわだが手仕事にしか出せない線のゆらぎもあわせ持つ
−食器には白味の強い有田の磁器土を使用する。−独立してからずっと白だけを追求してきた。
−奥が大谷さん、手前が桃子さんの作業場所。愛犬が傍らで見守る仲良し夫婦。
−滋賀県甲賀市信楽町にある工房兼自宅は桃子さんが生まれ育った場所にある。

 

大谷哲也(おおたに・てつや)
1971年生まれ。大学ではデザインを専攻。信楽窯業試験場でデザインの講師をしたことがきっかけで陶芸に出会い、独学で技術を身につけた。その学校で知り合った妻の桃子さんの生家のあった場所に住居兼工房を建て、5人家族で仲良く暮らしている。敷地内の別棟には、陶芸家でもある桃子さんのご両親も生活している焼物一家だ。

(初出「Casa BRUTUS」 July,2018)